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	<title>わたしのフクシ。</title>
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	<description>『わたし』たちをとりまく福祉のいろいろ</description>
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		<title>それぞれの意味</title>
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		<pubDate>Wed, 15 Aug 2018 13:19:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>goshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[こころの生活。]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 2011年から活動に加わり、Facebookページの運営や発送作業 ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6314"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>2011年から活動に加わり、Facebookページの運営や発送作業をしながら常日頃考えていることがあります。</p>
<p>「見えない障害バッジ」</p>
<p>自分にとっては、外に出てみようと思える勇気の象徴だったけれど、他の人にとってはどう映っているんだろう。どんな存在かな、役に立てていたらいいな。<br />
&nbsp;</p>
<p>ツイッターやブログ、掲載してくださるメディアなど、見えない障害バッジに対するいろんな考え方や思いがあるのを目にしてきました。</p>
<p>賛同してくださったり応援してくださる方もいれば、もうすこしバッジが目立つようにしたり活動の幅を広げたりもできると思う、そんなアドバイスを届けてくださったりと、それぞれに考え方の違いや想いがあることを感じています。<br />
&nbsp;</p>
<p>わたしのフクシ。の活動はとても静かで穏やかでひかえめ。<br />
それが私自身の感じている印象です。</p>
<p>当事者が声をあげて形になって、当事者だけでなく思いを共有する人同士が協力して運営しているカタチ。そしてそれを応援したいと言ってくれる人が大勢いるのなら、協賛を申し出てくれている方々の力やお金も助けにしながら、もう少し大きな輪として社会に広げていってもいいんじゃないかとずっと思ってきました。</p>
<p>いろんな人がいる世界、社会だから、ひかえめすぎると届かないんじゃないか…。</p>
<p>バッジの存在が世間に広がらなかったら、バッジを手にしている人の支えにはなれない。以心伝心とはいかない人の繋がりのなかで、さらに目に見えないという厳しい現実を背負っている人が社会と繋がるには、もうすこし積極的に背中を支える力があってもいいんじゃないかな…。そう思う気持ちがあるのも正直なところです。</p>
<p>もちろん「わたしのフクシ。」に関わっている人は、世の中へ広げることの大切さを日々感じていると思います。でも同時に広げていく難しさも感じているんだと思います。<br />
&nbsp;</p>
<p>わたしのフクシ。の活動の中心にいるKさんはすごく物腰が柔らかくて、全体を俯瞰してみているような、すごく静かで不思議な人です。</p>
<p>「自然に広がってほしいんだよね」と、Kさんのあの静かで優しい口調で言っているのを聞くと、これがわたしのフクシ。の魅力だったり原点や原動力なんだろうなと感じたのを今でも覚えています。</p>
<p>ゼロから始まったこの活動が、沢山の熱意に支えながらも、ひっそりとマイペースに誠実に実を結んでるのを見ていると、身近な人と心を通わせたり手を繋ぎながらゆっくり広がっていく姿も素敵だなと感じるし、大事なことだなと思います。</p>
<p>みんなで一緒に生きていこう！っていう仲間の旗印。<br />
その想いも社会に届けばいいな。<br />
&nbsp;</p>
<p>見えない障害バッジだけでなく、ヘルプマークなど各自治体の活動も含めると、以前よりも色んな形や動きが広がっていますね。</p>
<p>すべての人が普通に穏やかにすごせる社会。</p>
<p>その想いが、同じ温度で純粋に届くのが一番です。<br />
その思いや願いは、どんな風に社会に届いているでしょうか。</p>
<p>まだまだ十分とは言えない現状から、どのように届けていくのがいいのでしょうか。広げていくのがいいのでしょうか。</p>
<p>権利の主張でもなく、特別に扱ってほしいわけでもない。押し付けるつもりもない。<br />
誰しもが自然と助け合える、そんな日々をすごせるようになるために。<br />
&nbsp;</p>
<p>つい先日もNHKの「あさイチ」で目に見えない障害があることを特集していましたが、すべての人が穏やかにすごせる社会というのは本当に難しいことだなと感じました。当たり前のことだけれど、必要なことが人によって様々だということは、課題もまた無限大だということなんですよね。</p>
<p>想像しようとどんなに試みても、とうてい及ばない。それが本来の姿なんだと思います。</p>
<p>目に見えないものがある、それを当事者として日々実感していると、それを周りの人に分かってもらいたいと思う気持ちはあっても、それを求めるエネルギーはどんどん小さくしぼんでいきます。伝えることの難しさが連続して、誤解や中傷に傷ついたり、結果ひとりで耐えた方が楽…そんな気持ちになっていくように感じます。</p>
<p>そうやって心を守りながら生きる力を身につけるのも大事なことだとは思うけれど、でもどうやったって一人では生きていけないから、社会のなかでは一定以上の理解は必要になってくるんだと思います。<br />
&nbsp;</p>
<p>本を読む青年。<br />
元気におしゃべりをして笑っている学生。<br />
車窓から外を眺めてぼんやりしている人や眠そうなサラリーマン。<br />
これからお出かけかな？そんな楽しげな装いの家族。<br />
おなかに赤ちゃんがいるお母さん。<br />
顔色があんまりよくなくて心配な女の子。<br />
席なんか譲ってくれるなよ、立ち姿や表情にそんな気概を感じる元気印のおじいちゃん。<br />
&nbsp;</p>
<p>目に映るだけの世界にも沢山の人の日常があります。<br />
そして、どの人たちにも見えない障害があるかもしれないことを心のどこかで分かっていなくちゃいけないんだと思います。<br />
&nbsp;</p>
<p>片方の耳が聞こえないかもしれない<br />
心臓が悪いかもしれない<br />
音が痛いかもしれない<br />
&nbsp;</p>
<p>優先席、それは、座ることが助けになる人を想像して作られた場所です。</p>
<p>どんな人でも利用できるように、みんなの乗り物だもんね、思い合おうねっていう優しい気持ちが形になったものだと思いますが、優先席を作らなければいけなかった、というすこし寂しい社会の側面が垣間見える気もします。</p>
<p>そして、優先席を作ったことで人の想像力を削ってしまったという一面が少なからずあるのではないでしょうか。座ることだけが必要な助けとは限らないし、席を譲ることへの義務感のような不思議な感覚が生まれてしまいました。</p>
<p>見えない障害バッジもそうだと思いますが、自然に生まれる支え合いが必要なところに、目に見えたり形になったりすることで、逆に見えなくなってしまうものがある気がしています。</p>
<p>気構えてしまったりうがった気持ちや義務感や罪悪感が生まれるのもきっとそう。<br />
人の心の難しさ、複雑さですね。目立たないということも大事なのかもしれません。</p>
<p>大切なのはルールじゃなくて、身近にいる人に目を向けること、心を配ってみること。</p>
<p>どんな人がいるのかな、どんなことができるかな、必要なことはあるかな、そう想像することなんだと思います。そうやってそっと思い合って、気持ちのいいひとときがすごせたら最高。</p>
<p>ついつい世の中の喧噪にまぎれてしまうけれど、人がいて社会があるという当たり前のことに目を向けるきっかけに、優先席や見えない障害バッジがなれたらいいなぁと思っています。<br />
&nbsp;</p>
<p>見えないものを抱えているということを知らせるバッジが生まれた意味ってなんだろう。<br />
この数年で何度も反芻してきたことです。</p>
<p>ひとりひとりに、意味や存在の重さは違うと思います。<br />
あなたにとってはどうでしょうか。社会にとってどんな存在になっていけばいいのでしょうか。</p>
<p>人と人とを繋ぐ心のバッジ。<br />
そうなれていたらいいな。<br />
それなぁに？そんな会話のきっかけだって嬉しいです。<br />
いろんな立場や考え方を持った人に、見えない障害バッジを通して、いろんなことを想像したり、おしゃべりしたりしてもらえたらいいなぁと思います。</p>
<p>それが一番心強いことだなって思います。<br />
&nbsp;</p>
<p>東京オリンピックに向けて、街の整備や福祉の充実がすすめられていますが、心の目をもつ意識が根付くような、そんな取り組みが行われていってほしい。</p>
<p>ありふれた日常のなかにまぎれていて誰しもが気づかずに触れている身近な大事なこと。<br />
想像力が豊かな社会、それって豊かだし、かっこいいし、ほっとするし、なんといっても楽ですよね。</p>
<p>日本にやってくる人にも日本の温かさを感じてもらえたらいいなぁと願います。<br />
&nbsp;</p>
<p>見えない障害バッジやヘルプマークが社会にとって当たり前の存在になっていけばいいな。<br />
でもそんなのいらない社会が一番いい。<br />
多様性が求められる世の中で、価値観の幅をぐっと広げる。人と繋がることで心に余裕が持てたり支え合えたりもする。<br />
なかなかそうはいかないのも世の常だけど、そう願うのは大事。<br />
&nbsp;</p>
<p>生きるということは想像以上に過酷です。<br />
いろんなことがあります。<br />
みんないろんなことを抱えながら日々をすごしているんだと思います。</p>
<p>小さな存在だけど、このバッジに託されているもの、支え合えているもの、<br />
ひとつひとつのバッジにこめられた思いを大事にできるように、<br />
これからも想像することを大切にしながら、大事に大事に活動していきたいと思っています。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<p>つい数日前、道端にコスモスが咲いていました。<br />
暑さにうだる毎日だけど、秋が近づいているんだなと感じました。<br />
西日本では大変な思いをされてる方が今も沢山いると思います、どうかすこしでも早く穏やかな日々をすごせるように願ってやみません。　<br />
みなさんもどうかお身体を大切になさってくださいね。</p>
<p>長くなってしまいましたが、読んでくださってありがとうございました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: right">ごーし</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>２年ぶり、高櫻さんからのお手紙です。 〜 こころの生活。番外編 Part.2 「実感していること」</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Nov 2015 13:44:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kodama</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 高櫻さんからのお手紙、part.2 です。 ２年ぶりのお手紙は、ゆ ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6207"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
高櫻さんからのお手紙、part.2 です。</p>
<p>２年ぶりのお手紙は、ゆっくりゆっくり変化してゆく高櫻さんの生活が静かに伝わってくるようでした。</p>
<p>日々の生活が困難にあふれていることは、きっと変わっていないと思います。<br />
苦しいトンネルの中を、ひとり歩き続けている時間も長いと思います。</p>
<p>でも普段、いつも明るく愚痴一つこぼさない高櫻さんとのやりとりからは、それがどんなものか想像もつきません。<br />
ただこうして記事を通じて、なにかひとつを乗り越えたことを、そして窺い知れないほどのなにかがあったことを、そっと知ることができるだけです。</p>
<p>高櫻さんの（そして同じように病気でひとり頑張っているみなさんの）、お手紙がずっと、続きますように。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<a href="/?p=6198" title="再会">こころの生活。番外編 Part.2 「実感していること」</a><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>番外編 Part.2 「実感していること」</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=6198</link>
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		<pubDate>Tue, 10 Nov 2015 13:27:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>goshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[こころの生活。]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; &#160; 自分の命を豊かにするのは自分の感じ方や捉え方次第なん ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6198"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
自分の命を豊かにするのは自分の感じ方や捉え方次第なんだなと、最近実感するようになり、10年かかって、やっと穏やかな気持ちが生まれてきました。<br />
心持の変化。そんな今を綴ってみようと思います。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>触る、食べる、動く、眠る。</h4>
<p>本来なら人生を彩ってくれるはずの感覚を痛みとして感じてしまう。<br />
薬によって一時的にでも、気を紛らわせることも出来ず、常に一定以上の痛みがあるというのは、想像していたよりもずっと過酷でした。</p>
<p>若さ、勢い、夢に向かう志、そんな青さ満天な頃に、あなたの居場所はここだよ、と入れられた、痛みと闇が渦巻く狭い部屋。<br />
当たり前だった生活が、非現実的で遠いものになっていく中で感じる失意は、心の生気を奪うには十分すぎるエネルギーを持っていました。<br />
ひねくれ、素直になれず、自分の人格がきしんで、崩れていくのを感じてきました。</p>
<p>理解を求めてもなかなか分かってもらえず、ときには不信感が募ってしまい、身近にいてくれる人を避けるようになり、病気のことや、辛い気持ちを話すのをやめました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
手を伸ばすことに疲れ、空っぽになった自分を感じてからは、痛みしか感じない日々に辟易していました。病気になって失うことは目立つので、気づけたこと、感じられることがあったとしても、病気になってよかった、なんて、心から思えたことは今まで一度もありません。<br />
そう思うことがあっても、自分を慰めるためか、納得しようとしているか、戒めのようなもので、すこし無理した感じ方だったように思います。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
想像していたのと違ったことは、身体のことを打ち明けて、胸の内の感情を表に出せたのが、身近にいる数人だけだったということ。<br />
頼りたかった人はいたけれど、理解してもらうという作業も根気も、お互いの気持ちもタイミングも、本当に難しくて、ましてや自分が元気ではないので、うまく伝えられないもどかしさがあったりもして…。</p>
<p>けれど、<br />
ほんの数人。<br />
そんな彼らがいてくれたことが、闘病にとって、僕の人生にとって、どれだけ大きかったか…。<br />
そんな当たり前のことを、最近になって、ようやく感じられるようになってきました。<br />
要のような存在なんでしょうね。彼らがいてくれたから、今の自分がいるのは間違いないと思います。腐っても朽ちなかったのは彼らのおかげです。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
そして、この身体になって変わってしまった生活や人生の中に、この日々でなければ出逢うことがなかった人たちや、感じることもなかった気持ちがあることを実感して、感謝する気持ちも生まれています。<br />
うわべの感情ではなく、心の底から納得できる一面が、今はあります。</p>
<p>どうしようもない日々に変わりはないけれど、一生をかけて恩返ししたい友人や家族がいてくれること、どんなに諦めようと思っても消えていかない天職といえる仕事への愛情、そして、この１０年もがいた経験。苦しみから逃れようと抱いた死への憧れと、命を断ってしまった2人の友人の存在、そしてそれを通して感じた命の重み。</p>
<p>この日々があったことで得たものは、これから先にだって待ち受けている沢山の困難に立ち向かう土台になってくれるはずだし、たいていのことなら揺らがない気がします。</p>
<p>またこうして、近況を書いてみようと思えたのも、寄り添ってくれる人がいるおかげです。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
きっと、僕が感じてきた孤独は、病気が作ったものではなくて、自分自身が心を閉ざしてしまった結果。</p>
<p>理解を得ることは本当に難しく、その過程で受けた痛みや傷で、どんどん気持ちが消極的になって、生気が失われていくのを感じて、今のそのままの自分を表現することが怖くなっていったんだと思います。身を守るための孤独なのかもしれません。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>これからしたいこと。</h4>
<p>それはとても限られているし、何かをすれば、した分だけ反動として痛みは大きくなるけれど、できることからやってみたいと思います。<br />
朝起きる。ちゃんとご飯を食べる。太陽をあびて伸びをする。なんでもいいから、身体と心にいいことを。</p>
<p>そして、心を閉ざしていく過程で、逆に傷つけてしまった家族へ、ありがとうを伝えたいと思っています。<br />
一番心配してくれて、支えてくれようとしていたはずなのに、信じることが出来ませんでした。<br />
けれど、彼らがいなかったら、僕はどこにも不条理をぶつける場がなかった。<br />
それは、家族という唯一無二の彼らだったからこそ出来たことだと思うので、感謝してもしきれません。</p>
<p>寄り添おうとしてくれた家族や友人がいてくれたことで、心の膿を少しずつ出せたような気がしています。病気になったけれど、自分が自分であることに変わりはない。<br />
そんなあたりまえのことに立ち還らせてくれました。</p>
<p>「今のお前には、今のお前の魅力がある」　そう力説してくれた人もいます。<br />
闘病で、人生の時計が止まってしまったように感じて、病気と向き合えば向き合うほど、あらがえばあらがっただけ、そがれていった自信。<br />
そんな空っぽな自分にかけてもらえたプレゼントのような言葉。短い一言の中につまった沢山の想いを感じて、勇気が湧きました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
自分の命を豊かにするのは、結局は自分。<br />
どんな状況になっても、自分の受け取り方や捉え方で、物事の見え方も環境も未来も変えられる。<br />
そう実感できている今があって、それを見守り、支えてくれる人もいます。</p>
<p>治すには、まずは心から。<br />
穏やかに冷静に物事を整理して、できることに目を向ければいい。<br />
その歩みはカタツムリのようにゆっくりかもしれないけれど、前向きになれることがひとつでもあるのは、暗闇をぽっと安心で包む優しい灯火のようなもの。</p>
<p>へこたれ続けても、七転び八起きであればいい。<br />
闘病を好転させるのは難しい。それを学んだ10年です。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>自分が健康ではなくなって、感じることが出来るようになったこと。</h4>
<p>それは自分が思っている以上に沢山あるんだと思います。<br />
子どもを持って、初めて街中にいる妊婦さんや子どもたちに目がいくようになるのと同じように、自然と目につくものが変わりました。</p>
<p>わたしのフクシ。の活動に携わることで知れた、顔も知らない人たちの声。<br />
見えない障害バッジを手にしようとする人のなかには、きっとまだ暗闇のなかで一人もがいている人が沢山います。理解を求めて、懸命に生きている人がいます。</p>
<p>バッジがポストに届いて、嬉しくて写真を送ってくださる方もいます。<br />
わたし達の活動がゆっくりなだけでなく、「理解」というのは本当に複雑で難しいことなので、きっとバッジをつけていて辛い思いをすることだってあると思います。<br />
お前元気そうじゃん、なんでそんなのつけてるの？<br />
きっとそんなことは、ざらだと思います。</p>
<p>けれど、このバッジを手にしたときの僕がそうであったように、このバッジを勇気の旗印に、狭い闘病生活から飛び出して、日々の枠を越えられている人だっています。<br />
世の中には自分と同じように苦しんでいる人が沢山いて、それぞれの苦しみと闘っている。<br />
孤独だけど孤独じゃない。そんな漠然とした事実が、ほんの小さな勇気をくれることだってある。<br />
それが、見えない障害バッジの一番の意義だと僕は感じています。<br />
間接的な繋がりだけれど、それを支えに生きられる人がいる。</p>
<p>社会や、ひとりひとりの理解なんて、どんなに待っていたって少しずつしか変わっていかない。<br />
自分の身体が思うようにならないのは確かに不条理だし、こんなに悔しいことはないけれど、どこにもぶつける場がないけれど、いっぱい悩んで、嘆いて、沢山苦しんだ分、きっと何かが変わっているし、強くなれているんだと思います。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
不思議なことに、人は目に見えないと分かっていることでも、目に見えることだけで判断しようとします。</p>
<p>自分自身が、一番の理解者でいること。<br />
あたりまえのことだけど、それが一番大切なこと。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
今月も沢山の人がバッジに関心をもって、ここのページや、Facebookページに訪問してくれました。<br />
孤独や不安を抱えている当事者と、何かの力になりたいと共感し、共鳴してくれる人たちとを繋いでくれるバッジの存在の大きさを、あらためて感じています。</p>
<p>人の気持ちが集まるってすごいですね。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
笑顔でいるのは命を削るようなエネルギーが必要だけれど、今は笑っていたいと思います。<br />
今、自分が気づけること、目を向けられること、役に立てること、したいと思うことを、大事にしたいから。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
すこし長くなってしまいましたが、ありのままの今を綴ってみました。<br />
自分で読み返すだけで、なげーなって思います。<br />
それなのに、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
季節は立冬。<br />
秋も深まり、暦の上では冬のはじまりです。<br />
きのこや焼き芋、色づく葉っぱたち。<br />
落ち葉や冷たくて澄んだ空気に、どこか淋しげな気持ちになりますが、季節のものを身体に摂りこむと、自然の温かさを感じてホッとする不思議な時季ですね。<br />
どうぞご自愛ください。</p>
<p>それではまた。</p>
<p style="text-align: right;">ごーし</p>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第3回/最終回）</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=6105</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=6105#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 12:02:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kazenokai</dc:creator>
				<category><![CDATA[あたらしい風]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 前回・前々回に引き続き、「兄弟・姉妹問題」について会員さんから寄せ ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6105"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
前回・前々回に引き続き、「兄弟・姉妹問題」について会員さんから寄せられた手記をご紹介します。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<strong>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第3回/最終回）</strong><br />
<span style="font-size:90%">（136号《2014年11月19日発行》より）</span><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>兄から弟へ</h4>
<p>僕は中学3年で弟は中学1年です。</p>
<p>弟は自閉症で知的障害もあるけど僕と同じ中学校に通っています。</p>
<p>支援学級ですがほぼ皆と同じに授業を受けています。</p>
<p>小学校の頃は自分も幼く、弟も小さいので障害のことも「変な奴やな」レベルであまり気になりませんでした。</p>
<p>でも中学になって友達が弟と<small>（編注：友達の弟と）</small>楽しそうに会話したり遊んだりしている姿を見ると羨ましくなりました。</p>
<p>俺も普通の弟が欲しかったな…と思ったりしました。</p>
<p>僕は弟の悪口を言われたことはありません。</p>
<p>みんな弟に優しいです。</p>
<p>小学校から一緒なので分かってくれるているんだろうと思います。</p>
<p>明らかに見た目動きも変で会話も成り立たない弟ですが、僕は恥ずかしいと思ったことも無いし、嫌いになることもありません。</p>
<p>イラっとすることはたくさんあるけど僕のできる範囲のことはしてあげようと思っています。</p>
<p>とりあえず今は弟が中学校を楽しく過ごしていけるように兄からのダメ出し中です。</p>
<p>大人になってからのことは分かりません。</p>
<p>僕が必要な時はいつでも助けてあげられるように僕自身も成長しようと思っています。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>姉から弟へ</h4>
<p>私は高校2年で弟が2人います。</p>
<p>中学1年の弟は自閉症です。</p>
<p>4才下なのでとてもかわいいです。</p>
<p>一緒に学校に通ったのは小学校の2年間だけでしたが、とにかく可愛かったです。</p>
<p>中学になった弟が今でも可愛いのは変わりません。</p>
<p>弟と2人で出かけたりもします。</p>
<p>注文が上手く言えなかったり、お金を払うのに時間がかかったり…</p>
<p>しっかりしろ！！ と腹がたったり、ジロジロ変な目で見る人が辛いときもありました。</p>
<p>でも助けてくれる人もいて、そんな時は涙がでるほど嬉しかったです。</p>
<p>弟が自立できるのが一番良いと思いますが、ずっと一緒にいてもいいとも思っています。</p>
<p>それほど私には可愛い弟なのです。</p>
<p>とりあえず今は会話の苦手な弟が少しずつでも喋れるように私なりに考えて2人で楽しく練習しているところです。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第2回）</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=6103</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=6103#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 21 Feb 2015 13:57:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kazenokai</dc:creator>
				<category><![CDATA[あたらしい風]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://watashinofukushi.com/?p=6103</guid>
		<description><![CDATA[&#160; 前回に引き続き、「兄弟・姉妹問題」について会員さんから寄せられた手 ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6103"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
前回に引き続き、「兄弟・姉妹問題」について会員さんから寄せられた手記をご紹介します。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<strong>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第2回）</strong><br />
<span style="font-size:90%">（136号《2014年11月19日発行》より）</span><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>兄弟からの声</h4>
<p><small>～ 長男（高3・18歳）、次男E君（支援学校高等部在籍・16歳）、三男（中1・13歳）～</small></p>
<p>● 中1の弟さんから</p>
<p>兄弟げんかをした後、お母さんに叱られた時のこと。</p>
<p>自分も悪いのに叱られるのが嫌でEのせいにした。</p>
<p>Eは自分のことを上手く話せないので叱られる。</p>
<p>それを思い出すとズルしてごめんって思う。</p>
<p>あと、Eの将来の事を考える。</p>
<p>僕も大人になって親がいなくなったら、Eはどうするのかな。</p>
<p>僕はどうしてあげたらいいのかなぁと考える。</p>
<p>傍にいてあげた方がいいと思うけど、必ずしもそうできるかわからないから。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
● 高3のお兄さんから</p>
<p>小さい頃は、Eが大変な時期で、自分の行動にも制限があって自由にしたいと思った。</p>
<p>お母さんが困らないように我慢していた。</p>
<p>でも、一度だってEがいなければ良かったと思ったことはない。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
● お兄さん・弟さんの共通の声として</p>
<p>Eについて友達に聴かれた時にどう説明するか迷う。</p>
<p>言っても理解して貰えるのかな、Eが傷つかないかな、そんな事を考えながら、いつも正直に話すけどスッキリしないこともある。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>お母さんの手記</h4>
<p><small>～ 兄（中3）、妹Aさん（小6）～</small></p>
<p>妹に発達障害があります。</p>
<p>微妙な年頃の兄に、親としゃべってやってもいいよ感が漂っていたある日、「Aについてどう思う？」と聞いてみました。</p>
<p>「ん？ 別に！ 何も！」</p>
<p>と思春期独特の短い単語で返されました。</p>
<p>こりゃ具体的に聞かないとダメだと思い直し、3つ質問してみました。</p>
<p>1． Aがちょっと違うって思う？</p>
<p>ちょっと違うけど小さい頃から一緒に育ってきたのでこんなもんかな。<br />
AはAでしかない。</p>
<p>2． 小学校に入学する時、支援学級にも入るって聞いてどう思った？</p>
<p>確か勉強がついていけないから入るって聞いたけど、それを聞いた頃の小3の俺も勉強が出来なかったので、支援学級に入る意味がわからなかった。</p>
<p>今は空気の読めなさや困り感がよくわかるので、支援学級やクラスでもいっぱい助けてもらって良かった。</p>
<p>Aの事で嫌な事言われたり、いじめられたりした事はない。</p>
<p>3． 将来どうなるかな？</p>
<p>仕事につけたら何とかなると思う。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ふぅ。</p>
<p>もっと深く聞いてみたいところですが、この時期にこれだけ話してくれれば十分です。</p>
<p>最近では、取っ組み合いの喧嘩をしてはののしり合っている2人ですが、基本は妹を思いやり、兄を思いやる優しい子どもに育ってます。</p>
<p>障害があるから、ないからではなく、人として思いやる心は持ち続けて欲しいですね。</p>
<p>兄弟間の問題はこれからもっと出てくると思うけど、考えてもどうにもならないので、今を楽しく、出来る事を精一杯やっていこうと思います。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第1回）</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=6101</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=6101#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 08 Feb 2015 10:14:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kazenokai</dc:creator>
				<category><![CDATA[あたらしい風]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; 「あたらしい風の会」さんには、「兄弟・姉妹問題」のについての質問や ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6101"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
「あたらしい風の会」さんには、「兄弟・姉妹問題」のについての質問や相談が多く寄せられるそうです。今回は会員さんから寄せられた手記を幾つかご紹介します。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<strong>どうしよう！？知りたい！教えて！ ～ 兄弟・姉妹 ～ （第1回）</strong><br />
<span style="font-size:90%">（136号《2014年11月19日発行》より）</span></p>
<h4>高3男子　お母さんの手記</h4>
<p>息子のひとつ年下の娘は、幼い頃は兄にくっついて大きな顔で「E福祉型児童発達支援センター」で一緒に遊んでいました。</p>
<p>娘が年中になる年に私の都合で兄弟姉妹を近くの公立幼稚園に入れました。</p>
<p>息子は一年だけですが、地域の幼稚園に入れた方が同学年の子や保護者に知ってもらえるので良い、という周りの意見に従いました。</p>
<p>確かに息子の学年のみならず娘の友達や保護者に、その障がいを知ってもらえました。</p>
<p>それが良かったのか悪かったのかは一概に言えませんが、小学生になっても息子の障害についていちいち説明することは少なくなりました。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
娘は早生まれで学年では背が小さく、川崎病既往症児なので病気に負けないように兄弟で水泳やボーイスカウト活動に頑張り次第に気の強さが出てきました。</p>
<p>3～4年生頃に兄が支援学級だからなのか、至近距離から顔にボールを投げつけて、しつこくいじめてくる女の子もいたということを娘の友達のお母さんから聞きましたが、私にはなにひとつ言わず、我慢していたのか言っても仕方ないとおもっていたのか・・・</p>
<p>私は親として幼稚園や小学校・中学校で起こっていることを知りたいので、パートもせず極力クラス委員や実行委員を引き受けてきました。</p>
<p>それも良かったのか悪かったのかわかりませんが、できるだけ子どもたちの傍にいてやりたいと思っています。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
中学校に入って2つの校区から生徒が集まると、兄のことを知らない友達が、兄が学習発表会の校内事前発表を講堂でした時に先生がマイクで名前を言ったので、「もしかしてお兄さん？」「支援学級なん？」「治るの？」などと口々に言われて好奇の目にさらされたことに、怒りと情けなさとで帰宅しても怒っていました。</p>
<p>もう少し先生が配慮してくれればよかったかと思います。</p>
<p>娘は中学時代にはウイルス性の病気と原因不明の席がとまらない病気で入院を2回しましたが、高校に入ってからは休まず元気に登校しています。</p>
<p>でも学校には障がいを持っている兄がいることを（父もですが）誰にも知られたくないようです。</p>
<p>兄についての記事を書いて欲しいと言っても、「書くこと無い」とあっさり断り、自分から「お兄ちゃん」とは絶対言わないで、名前で呼んでいます。</p>
<p>兄や父に対して批判的で、自分というものをしっかり持たなければならないと頑張っているようですが、まだ兄に対しても素直になれないところがあるようです。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>お母さんの手記 ～ 兄：大学生、弟K君：支援学校高等部在籍 ～</h4>
<p>兄は現在、大学生で20歳です。</p>
<p>小学生の頃は子ども会のソフトボールに入っていて、試合の時など連れて観に行く機会が多く、その頃（M園、医療型児童発達支援センター時代）のKは多動で、水道で遊んだり、裸になって運動場を走り回ったりしていて、かなりの有名人でしたが、友達はみんなKのやる事を面白がり、とても可愛がってくれたので、兄は嫌な思いをすることはなかったようです。</p>
<p>中学も地元なのでKの事を説明する必要もなく過ごしたようです。</p>
<p>高校は同じ中学の子が一人しかいなく、しかも女子だったので、誰もKの事を知る人がいなかったので、信頼できる友達にだけKの事を話したそうです。</p>
<p>高校ぐらいになると自然と友達も選ぶようになり、自ら嫌な思いをしないようにできたのでしょう。</p>
<p>父が、兄にはKの事を背負わせたくないといつも言っていて、極力Kの世話をさせなかったのですが、兄は親を見ていて大変さがわかるようで、親にだけ負担をかけさせるのではなく、自分もKの事を助けていかなあかんと思ってくれているようです。</p>
<p>どのようにすればいいのか具体的なことはまだわからないようですが。</p>
<p>兄とKは歳が離れているので、一人っ子の期間が長かったし、小学校高学年から中学校までは野球や勉強に親は兄にかかりきりになっていて、どちらかと言うと、Kよりも手をかけた感じなので、寂しい思いはしなかったようです。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>Café ゆうじ屋　実方裕二さん</title>
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		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=6027#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 19 Jan 2015 15:48:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>矢部朱希子</dc:creator>
				<category><![CDATA[ここからそこまで]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; &#160; &#160; これからケーキを売りに行くゆうじさん。 ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6027"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-07.jpg" alt="ゆうじさん" width="400" height="600" class="aligncenter size-full wp-image-6034" /></center><br />
&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><small>これからケーキを売りに行くゆうじさん。Caféゆうじ屋の前で</small></p>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center>○　　○　　○　　○　　○</center><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ゆうじさんは車いすにケーキの入った鞄をかけ、販売のための看板をつけて、一人でやってきた。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-03.jpg" alt="販売中のゆうじさん" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-6045" /></center><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
三軒茶屋のマクドナルドの前で待ち合わせをして一緒に歩いていたら、大学生の男性に「チーズケーキをください」と、私が声をかけられた。</p>
<p>会ってまだ数分しかたっていなくて何もわからないので、こちらの方に聞いてくださいと答えると、男性は一瞬「えっ。そうなの？」というような顔をしたけれど、直接ゆうじさんとコミュニケーションをとりはじめた。</p>
<p>ケーキを買いたい人は、言語障害の重いゆうじさんと直接コミュニケーションをとらなければならない。</p>
<p>こんな販売の仕方があるんだと、ちょっと驚いた。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-01.jpg" alt="kokokara(1)-01" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-6043" /></center><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ゆうじさんは三軒茶屋で、「ゆうじ屋」というcaféを経営している。</p>
<p>ふわふわのシフォンケーキがうりで、キッシュやカレーなども美味しい。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-02.jpg" alt="kokokara(1)-02" width="360" height="540" class="aligncenter size-full wp-image-6044" /></center><br />
&nbsp;</p>
<blockquote><p><em>オープンした当初は僕が考えたレシピをもとに、お店のスタッフが作っていた。</p>
<p>「言葉で作る料理人」と自分のことを伝えていた時もあったけれど、今はちょっと違うかも。スタッフのアイディアなども取り入れて、お店のメニューの一部は僕のレシピではない。</p>
<p>今は「料理人」より「販売」の方があっているのかな。</em></p></blockquote>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ゆうじさんは、お店でスタッフに作ってもらったケーキを車いすの後ろの鞄につんで、町やいろいろな施設へ売りにいく。</p>
<p>10年ぐらい前から、母校である特別支援学校へも、週に２〜３回、放課後にケーキを売りに行っている。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-04.jpg" alt="kokokara(1)-04" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-6046" /></center><br />
&nbsp;</p>
<blockquote><p><em>僕が学校に一人で売りに行くってことは、買ってくれる人に鞄からケーキを出してもらって、おつりをとってもらう。「自分でできないのに売るな」そういう反応が返ってくるのかなと思っていた。</em></p></blockquote>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ゆうじさんが通っていた時代の特別支援学校では、何でも自分でやり、人の手を借りないことが求められた。</p>
<p>迷いながらも、おそるおそる車いすにケーキを入れた鞄をかけ、夕方を狙って母校に入っていった。</p>
<p>小学部の職員室に行ってみると、若い女性の先生が出てきて「あれー、ケーキ売ってるんですか？」と驚かれた。</p>
<p>当時いた先生たちはもういなかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<blockquote><p><em>僕が通っていたころとは違い、出来ないことを介助するのが当たり前という感じになっていた。</p>
<p>でも、障害者であっても自分で生活を組み立てて責任を持って生きることができる、本当に大切な支援とは、そういう「自立生活」を目指すものだというイメージは、先生たちの中にほとんどなかった。</p>
<p>そもそも僕が一人暮らしをしているというと驚く人も多かった。</p>
<p>やはり昔と変わっていないんだなと痛感した。</em></p></blockquote>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「僕がこうやってケーキを売ることで、重度の障害があっても生活を作っていける可能性があるんだと伝えていけるし、伝える責任がある。」</p>
<p>ゆうじさんはそう考えている。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
ゆうじさんにはもう一つの顔がある。それはミュージシャンとしての顔。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-05.jpg" alt="kokokara(1)-05" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-6047" /></center><br />
&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><small>大学のイベントでのライブ</small></p>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
２０代のころからバンド活動をしていたけれど、その時は言語障害のことが気になって思い切り歌えなかった。</p>
<p>今年に入ってはじめたバンド「ラブエロピース」のライブでは思いっきり歌い叫び、車いすからずり落ちそうになるほど激しく動きまわる。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/kokokara1-06.jpg" alt="kokokara(1)-06" width="360" height="540" class="aligncenter size-full wp-image-6048" /></center><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
実は私もライブを見て、その激しさにちょっとびっくりした。</p>
<p>歌になって語られるストレートな言葉を聞きながら、なんだか不思議な開放感を感じている自分がいた。</p>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
<h4>Café ゆうじ屋</h4>
<p><a href="http://www.yuujiya.net/cafe_top.html">http://www.yuujiya.net/cafe_top.html</a><br />
東京都世田谷区三軒茶屋２−１４−２２−１０２<br />
０３−３４１８−６６７１<br />
月・水：１５時〜２１時　　木・金・土：１５時〜２３時　　日：１４時〜２０時<br />
定休日：火曜日</p>
<p><small>ケーキ販売の問い合わせは実方さんの携帯電話　０８０−５０００−７０２９まで。</p>
<p>ラブエロピースのライブの動画や情報は<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100005929355885" title="facebook - 実方 裕二" target="_blank">facebook（こちら）</a>で見ることができます。</small><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
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		<item>
		<title>はじめまして</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=6010</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=6010#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 09:56:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>矢部朱希子</dc:creator>
				<category><![CDATA[ここからそこまで]]></category>

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		<description><![CDATA[はじめまして。 写真を撮っている、矢部朱希子と申します。 これから、わたしのフク ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=6010"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>はじめまして。</p>
<p>写真を撮っている、矢部朱希子と申します。<br />
これから、わたしのフクシ。で写真の連載「ここからそこまで」が始まります。</p>
<p>「場所」と「人」。</p>
<p>いろいろな人がいろんな思いで、立ち上げた場所とそこに集う人をテーマに写真を撮っていきたいと思っています。</p>
<p>「ここからそこまで」というタイトルは、自分の今いる「ここ」とあなたがいる「そこ」が繋がっていくような、そんなイメージでつけました。</p>
<p>どうぞよろしくお願いします。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<center><img class="size-full wp-image-6019 aligncenter" alt="矢部さん" src="http://watashinofukushi.com/wordpress/wp-content/uploads/ここからそこまで（00-矢部さん）.jpg" width="117" height="175" /></center><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「バリアフリーのその先へ！ ～ 車いすの3.11」を書きました！</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=5951</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=5951#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Jun 2014 12:29:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>dacco</dc:creator>
				<category><![CDATA[Café du dacco]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; みなさま、こんにちは！（＾▽＾） フクシ。とお菓子と愛の弾丸、だっ ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=5951"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
みなさま、こんにちは！（＾▽＾）</p>
<p>フクシ。とお菓子と愛の弾丸、だっこでございます。</p>
<p>しかしほんとに、前回のお話も中途半端になってしまって、本当に申し訳ない。<br />
わたくし、サイトから沈んでいる間に、何をしていたかと申しますと一冊書いてました。</p>
<p>「バリアフリーのその先へ！ ～ 車いすの3.11」。<br />
<center><br />
<iframe width="373" height="210" src="//www.youtube.com/embed/RVpqykOcGOY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
</center><br />
&nbsp;<br />
ここでもみなが一斉に取り上げ、注視が必要な新医療費負担制度のこと、東日本大震災前後の自分の体験、東北にいる友人達の体験の語り……。私自身が遭った虐待の体験から多くの人へと伝えたかった「障害者虐待防止法」のこと。</p>
<p>難病（ウエルドニッヒ・ホフマン症）を抱えて、介助を受けながら生活する身体の上に振り被り、乗り越えたできごとや思いを綴りました。</p>
<p>表紙絵を柚木ミサトさん、写真を桐生眞輔さん、帯を我らが総隊長大野更紗さんに書いて頂きました。</p>
<p>身体的に動けない人間が、心の尊厳を脅かされずに生きられる社会は作られるのか。<br />
「障害」とは何か。歩ける人も、歩けない人も、大人も、こどもも、高齢者も、だれだって、一度の命を、生きる苦しみではなく、生きる喜びの中に生きたい！</p>
<p>本書は、そんな「願い」への、自他への問いと、生きるための宣誓の本です。</p>
<p>大きな災害に遭う、重い障害を負う、心に傷を負う、職に就けず困窮に陥るなどのとき、「どれかひとつに遭うと関連するすべてに遭う」と言っても過言ではないほど幾つもの困難が連鎖してひとりの人の身の上に圧し掛かります。</p>
<p>生きることに困難を抱えた状況に今ある人が、そのことを誰にも言えずに、心を殺し、精神の呼吸苦になる前に。</p>
<p>本書が誰かの「繋ぐ手」になればいいと祈りながら書きました。<br />
どうぞ一人でも多くの方へ届きますように、お手に取って頂ければ幸いです。</p>
<p>「バリアフリーのその先へ！ ～ 車いすの3.11」（岩波書店）朝霧裕【著】<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
＊ 編集部注：<br />
　岩波書店の書籍ページで、「はじめに」の立ち読み ＆ 書籍の購入ができます。<br />
　<a href="https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?head=y&#038;isbn=ISBN4-00-028723">岩波書店の書籍ページは こちら。</a><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
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		</item>
		<item>
		<title>佐賀県から茨城県へ転勤した蒔田さん。第１回に登場したAくんとの「再会」。ノートの端っこ、第15回。</title>
		<link>http://watashinofukushi.com/?p=5943</link>
		<comments>http://watashinofukushi.com/?p=5943#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Jun 2014 10:43:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kodama</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://watashinofukushi.com/?p=5943</guid>
		<description><![CDATA[&#160; 蒔田さんが、ノートの端っこ・第１回で書いてくれたお話に登場するAく ...<div style="margin-top:10px;"><a class="excerpt-more" href="http://watashinofukushi.com/?p=5943"><strong>＞＞ 続きを読む</strong></a></div>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;<br />
蒔田さんが、ノートの端っこ・第１回で書いてくれたお話に登場するAくん。</p>
<p>蒔田さんと亡くなったAくんとの関係は、いまでも続いています。<br />
ご両親を通じて、Aくんの住んでいた家を通じて、仏壇を通じて。</p>
<p>本人は既に亡くなっているけど、彼はしっかり蒔田さんの人生のなかに今も在って・・・。<br />
友、って・・なんなんでしょうね。</p>
<p>蒔田さんのお話を読んで、同じく病気で亡くなった自分の友人や恩師のことを思いました。</p>
<p>&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<a href="/?p=5935" title="再会">ノートの端っこ 第１５回： 再会</a><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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