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Nothing about us, without us!

第四回: わたしとあなたがかわしたやくそく

 
1 気をとりなおして

さて、前回途中でくまくんがまさかの居眠りを始めてしまったので中断しましたが、気をとりなおして「基本合意」についてお話ししましょう。ここまでの長い長いお話は、すべてこの中身の意味、内容をご理解いただくためのものです。気合入れて参りましょ。

この時、国と原告団とが合意した内容をまとめた「基本合意」は、前回述べた通り、成立過程の点ですでに画期的でしたが、内容的にもものすごいものです。今回は、そんな基本合意の中身のお話をしましょう。

2 基本合意

(1) そもそも「基本合意」とは

まず、この「基本合意」の位置づけについておさえておきます。

よく勘違いされますが、「基本合意」と「(裁判での)和解」は、別のものです。 2010年1月7日、たしかに障害者自立支援法原告団と、国(厚生労働省)は、「基本合意」を結びました。これは、原告71名と国とが、裁判手続とは関係なく、約束した内容を確認した公文書です。これを受けて、同年3月から4月にかけて、基本合意を引用する形で、裁判手続も「和解」という形で終了していった、ということになります。

普通の個人と個人の関係になおすと、基本合意は、「契約」ということになります。契約は、裁判所に行かなくても結べるでしょ? それと同じです。そして、裁判の手続きの外でこんな契約を結んでお互い納得したので、裁判手続でも契約(=基本合意)の内容を確認して、手続きを終了させたのです。

裁判手続で物事を合意する、というのは、それだけ「重み」が発生します。担当省庁である厚生労働省(行政)が、総合的な障害者福祉制度を作る、すなわち、新しい法律を作る(立法)ことを、裁判所(司法)で約束したのです。国家権力である三権がすべて関わって成立した約束、ということです。

(2) 基本合意の内容

さて、いよいよ基本合意の内容です。すみませんねぇ、ひっぱりにひっぱって。ただ、合意内容は、訴訟が「応益負担」のみをターゲットにした割には結構多岐に渡っているので、「Nothing about us, without us!」に関係のある範囲で詳しくお伝えします。(もし、全部を知りたいという方は、厚生労働省HPに載っていますので、【こちら】を参照してください)

1 応益負担・障害者自立支援法の「廃止」を確約してる点がすごい!

基本合意の冒頭、なによりもまず、応益負担制度を「速やかに」廃止し、さらに遅くとも平成25年8月までに、障害者自立支援法を「廃止」することを確約しています。原告たちを恐怖のどん底に陥れた障害者自立支援法。その存在を消滅させることを確約させたことは、この訴訟の勝利宣言ともいうべき内容と言えるでしょう。

その上で、自立支援法に変わる「新たな総合的な福祉法制」を実施することを約束しています。そして、新たな総合的な福祉法制においては、障害者福祉施策の充実は、憲法等に基づく障害者の基本的人権の行使を支援するものであること、とされています。

・・・う、また漢字が多い。

よ、要するに、新しい福祉制度は、「障害者の基本的人権の保障」を基本にすえて作りますよ、ということです。あったりまえやろ、と思われるかもしれませんが、それまで福祉施策は、「政府の裁量に任せます」というスタンスで進められてきました。「余裕があったらやってね」くらいのノリだったのです。これが、きちんと「障害者の基本的人権を保障するために制度を組んでね。」ということが明記されたのですから、一大事だったのです。

2 国に、「反省」させている点がすごい!

「国(厚生労働省)は、障害者自立支援法を、立法過程において・・・(中略)・・・障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行するとともに、応益負担(定率負担)の導入等を行ったことにより、障害者、家族、関係者に対する多大な混乱と生活への悪影響を招き、障害者の人権としての尊厳を深く傷つけたことに対し、原告らを始めとする障害者およびその家族に心から反省の意を表明するとともに、この反省を踏まえ、今後の施策の立案、実施に当たる。」

これは、基本合意に実際に書かれている一節です。

普通、国が、それまで進めてきた政策の誤りを自ら認めるなどということはありえません。だからこそ、裁判所からの「憲法違反ですよ」というツッコミ(違憲立法審査権、っていうんですけど、漢字が多いからまぁいいや)が大事なのです。まだ裁判所が一言も「そら、アカン」と言っていないうちから、過ちを認めたのです。

ただ、いろいろ、なんやかんやがあって、「謝罪する」という文言にはなりませんでしたが、この一節に代表されるように、国はこの法律そのもののみならず、「私たち抜きに私たちのことを決め」たこと、その結果として応益負担などという過ちにいたってしまったことを原告らに向かって反省し、今後同じような過ちは繰り返さないことを誓っています。

もし、裁判を続けて完全勝利したとしても、裁判では「障害者自立支援法は憲法違反です。」と確認してもらうことしかできません。その後、「どのような政策を取るか。」というところまで約束させることは、裁判ではできないのです。裁判は、政治をする所ではないですから。でも、こうして裁判を離れて「合意」できたからこそ、「これまでのいきさつを振り返って反省する」とか、「今後どのような政策をとるか」というところまで約束させることができたのです。

3 新しい法律を作るときに考えなければならないことをきちんと定めているのがすごい!

この裁判が問題にしたのは、「応益負担」の点だけでした。それは、闘うにあたって争点をはっきりさせるための、苦肉の策だったことは第2回でお話ししたとおりです。でも、どうせ先々の政策についてまで合意できるんなら、問題点は全部言っとけ!ということで、さしあたりどういうことに配慮して制度を作るかについてまで明言しています。

具体的には、以下のとおり6つあります。

ⅰ)利用者負担のあり方
ⅱ)支給決定のあり方
ⅲ)報酬支払い方式
ⅳ)制度の谷間のない「障害」の範囲
ⅴ)権利条約批准の実現のための国内法整備と同権利条約批准
ⅵ)障害関係予算の国際水準に見合う額への増額

も、全部説明していると絶対難しいので、興味がある人は調べてみてください。

ⅰ)は今まで散々でてきた「応益負担」の話です。

ⅳ)は、私や、ユウタくんや、せちろうさんなど、今まで制度上「障害者」として扱われてこなかった難病患者などの、いわゆる制度の「谷間」に落ち込んでしまった人たちにも、障害者福祉制度が利用できるような制度にしてください、ということです。

ⅴ)とⅵ)は、国際水準に見合う障害者福祉施策をきっちり整えて、障害者の基本的人権のグローバルスタンダードを定めた障害者権利条約と同じレベルまで日本の障害者福祉を引き上げてください、ということです。

そして、応益負担を採用している、似たような制度である介護保険制度といっしょくたにしません、ということもきちんと約束しています。そもそも、障害者自立支援法が応益負担を採用してしまったのは、いずれ介護保険制度と一緒にしてしまえ、という思惑があったことが明らかでした。応益負担の仕組みを否定する宣言として、介護保険との統合はしません、と言ってもらうことが重要だったので、この条項も非常に大きな意味を持っています。

4 「国」と交わした約束だというところがすごい!

この基本合意の最後には、3人の署名があります。原告団長、弁護団長、そして、国(厚生労働省)です(実際に署名しているのは、当時の厚生労働大臣長妻昭氏)。

つまり、この合意は、「民主党」と結んだものじゃなくて、「国」と結んだもの。万が一、新しい障害者制度を作っている間に政権がまた自民党に移ったとしても、「それは民主党が勝手に結んだので自分たちには関係ありません。」とは言えないのです。中身変わったって「国」は「国」なんだから。

3 「わたし」と「あなた」がかわしたやくそく

もう、ここまで書いたら、この「基本合意」のいろんな意味での凄さは、なんとなくわかっていただけたのではないかと思います。その成立経緯から内容に至るまで、異例づくしの文書です。

ここで、覚えておいていただきたいのは、これは「合意」文書なので、片方が無理やり「結べ!」といってできた物ではない、ということです。誰からも強制されることなく、原告たちと、国が納得してできあがった文書です。

基本合意を成立させただけでも、民主党が政権をとった意味は極めて大きかったと言えるでしょう。私は、このことは、もっともっと評価されていいと思うんです。並々ならぬ決意を示してくれたあの時の民主党は、褒められてしかるべきです。「今はちょっとアレだけど、民主党は1ついいことをした。基本合意はすごかったよね。」ってね。

そして、この時、民主党を政権与党に押し上げたのは、他ならぬ「あなた」です。「基本合意」は、原告である「わたし」たちと、政府、その奥に存在する国民である「あなた」がかわした約束とも言えましょう。

こうして交わされた基本合意が今、どうなっているか、「あなた」はご存知ですか。

残念ながら、基本合意を結んだ当時の熱意は、今の民主党にはありません。国が、「あなた」の代わりに結んだ基本合意をどうしようとしているのか。どうかしっかり見守ってください。

基本合意は、合意しただけではただの紙切れです。きちんと守り、約束の内容が実行されなければ意味がありません。「わたし」たちは、基本合意によってようやくスタートに立ったのです。

4 実りを目指して

2010年4月20日。大阪地方裁判所202号法廷。
障害当事者である原告らと弁護団席、傍聴席、あちこちですすり泣く人々 の見守る中、ひとつの和解が成立した。

障害者自立支援法違憲訴訟。

裁判長が順次、和解の内容を確認していく。原告一人一人について読み進められるたびに、すすり泣きが一つ、また一つと増えていった。
裁判長は最後に、

「この和解が、原告の皆様にとって実りあるものとなるよう祈念いたします。」

そう言い残し、法廷を後にした。

和解とは、わたしとあなたがかわしたやくそく。
「実り」を目指し、わたしとあなたの新たなる戦いが、はじまる。
 
 

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