私が見えない障害を持っているのか、否か、自分自身でも解りませんが、書いてみようと思います。
私は「解離性健忘症」という個性と(その後、うつみたいな症状なども併発していますが)共生しながら毎日を過ごしています。
2012年1月14日以前の過去3~4年の記憶を全て失くしました。
それに気付いたのが、翌日の朝。
布団の中から目覚める頃に、猫の鳴き声が聞こえ、以前飼っていた猫の名前で猫に話しかけていたそうです。
その猫は、もう何年も前に他界し、母子家庭になり、一人息子を育てる為にがむしゃらに働いていました。
「この仔は違いますよ」という男性の声で目覚め、見慣れない部屋にいる自分に、頭の中が真っ白になりました。
寝起きで、脳内が覚醒しきっていない状態で、あれやこれやと男性から質問され、今ある自分の現状を説明されました。
どうやら、忘れた期間に、再婚して3人の子供達の母になっていたようです。
男性は配偶者でした。
記憶のある職場も統廃合で、別の営業所と統合し、そこで勤務していたようです。
何より、忘れてはいけない東日本大震災の記憶もない状態でした。
情けないやら、悔しいやら…。
その日から休職し、千葉県から夫の叔母が1週間だけ急遽手伝いに来てくれました。
正直、その頃の記憶もうっすらと憶えているだけです。不義理な事ですが…。
私は以前からミオクローヌス(私の場合、手足の震えが出ていたらしく、発作が出ると文字も上手く書けない状態だったようです)という疾病で、神経内科に通院していたようで、薬を飲んでいたようです。
幸いな事に、近々通院予約を入れていたので診察してもらったところ、「一過性全健忘症」と診断され、忘れた記憶は一生戻る事はないです、と言われました。
知らず知らずのうちに溜まっていたストレスと共に、楽しかった事や子供達の成長も失いました。そう言われても、ピンときませんでしたが、後で調べたら自分には厄介なことでした。
最初の1週間は、ココロが穏やか(変な解放感?)で調子が良かったので、すぐ職場復帰できると思ってました。1ヶ月で復帰するつもりでした。
が、その後はすべてマイナス指向となり、不眠・人への恐怖感などでうつ状態が暫く続きました(今でもそれはありますが…)。
とにかく眠れない・落ち着かないのが続くので、心療内科を受診すると、「解離性健忘症」と判断され、心理テストを受けられる精神科へ紹介状を出され、転院。
精神科でも「解離性健忘症(心因性)」と言われました。
そこの先生は、「自分を守る為に忘れた事だから、無理に思い出すことは無い。思い出したらラッキーだ、くらいに思って時間をかけて治療しましょう。」と言ってくれました。
心理テストも無理にしなくていいよ、と言ってくれました。
私に合う薬も、あれこれ試してようやく見つかりました。
私が忘れてしまった時期に知り合った方々が、「個性」として受け止めてくれて、
「改めまして始めまして!」と受け折れてくれた事は、私にとってどんなに肩の荷を降ろしてくれたことか。
今も、人ごみや子供の学校行事などへは行けませんが、なるべく外へ出るようにしています。
目的だけ済ませる分には、近所の商店街やコンビニにも一人で行けるようになりました。
音楽に癒され、みんなの勧めで動物愛護のボランティア(動物と接するだけなので)で社会復帰の練習をしています。
まだ人の輪の中には入れませんが、他人と音楽や動物の話は出来るようにもなって来てます。
でも、半歩ずつでもゆっくり進んで、後戻りしないように毎日を過ごしています。
届いた日:2013年2月10日 23:44
匿名・riokaiheni